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インフレ目標としては、10パーセントから30パーセントの範囲を設定する国が多いが、イギリスのように2パーセントに設定している国もある。
インフレ目標を一定の範囲に設定する場合には、下限はゼロを超える水準に設定する。
それは、デフレは絶対に回避すべきであると考えられているからである。
資産価格が上昇して、バブルの疑いがあっても、C銀行が、資産価格の上昇がインフレ率を中期的に目標の上限を超える水準まで引き上げるリスクは小さいと判断する場合には、資産価格を引き下げるための金融引き締め政策は採用しない。
なお、インフレ目標政策採用国でも、金融政策は資産価格の高騰を未然に防止するように運営すべきであるという主張も存在する。
それは資産価格の高騰に次いで起きる資産価格の暴落が、金融危機と厳しい不況をもたらす可能性があるからである。
インフレ目標政策採用国であるイギリス、オーストラリアおよびニュージーランドでは、インフレ目標政策採用後に住宅価格の高騰が起きたが、どの国も2008年秋以降の世界金融危機と世界同時不況が起きるまでは、住宅価格は暴落することがなく、したがって、その暴落を原因とする金融危機も不況も起きなかった。
しかし、中期的にインフレ目標政策の達成に失敗したときは、C銀行は説明責任を負う。
その場合、政府にC銀行総裁の罷免権を与えている国(ニュージーランド)もある。
さすがにこれらの国でも、今回(2008年秋口以降)の世界金融危機の影響を免れることはできず、イギリスでは2008年8月から2009年4月現在まで前月比1パーセント台の下落が続いており、オーストラリアとニュージーランドも2008年の終わりから下落し始めている。
以上の意味で、インフレ目標政策は金融政策の枠組みを決める政策であって、何がなんでもインフレ目標を達成するという硬直的なルールではない。
この点を強調する場合は、単に、インフレ目標政策といわずに、「伸縮的インフレ目標政策」という。
C銀行は随時、金融政策に関する記者会見を開いたり、レポートをホームページに掲載するなどにより、市場との対話を深めるとともに、半年ないし1年に一回程度の頻度で、事業報告を国会に提出して、金融政策の透明性を確保し、説明責任を果たす。
右のようにインフレ目標政策採用国の経済パフォーマンスは良好であるが、ここでは、N銀行の金融政策の改革を考えるうえで示唆に富む、イギリスのインフレ目標政策を説明して、それが成功した理由の一つを紹介しておこう。
1992年にインフレ目標政策を採用するまでの20年にわたるイギリスの経済パフォーマンスは、他の主要先進国に比較して貧弱で、不安定な成長と高率なインフレが特徴だった。
1979年に首相の座についたマーガレット・サッチャーはマネタリー・ターゲティングをインフレのコントロールのために採用する一方で、成長を促進するために構造改目標インフレ率を2パーセントに設定した以降で、原油価格の高騰と暴落の時期を除いた期間(2004年1月から2007年4月)をみると、実際のインフレ率は平均2・1・ハーセントでかつ、目標の2パーセントの上下10パーセント以内に収められており、目標はほぼ達成された。
その後、原油価格の高騰のため、実際のインフレ率は目標の2パーセントを上回って上昇し、2008年9月には5・2パーセントに達した。
その後原油価格が下った。
イギリスのインフレ目標は採用当初から1997年半ばまでは小売価格を一パーセントから4パーセントの範囲に収めることであった。
その後、目標対象は消費者物価に変更され、はじめは2・5パーセントに、20021年の終わりに20パーセントに設定され、現在は2パーセントに至っている。
その後、イギリスは欧州通貨制度に参加したため、マネタリー・ターゲティングに代えて為替レート・ターゲティングを採用した。
しかし為替レート・ターゲティングはマクロ経済を安定化させることに失敗した。
そのため、イギリスは1992年9月に欧州通貨制度から離脱するとともに、インフレ目標の採用に踏み切った。
インフレ目標採用後、経済成長率は上昇するとともに安定化する一方、インフレ率は急速に低下して、インフレ目標水準近辺で安定するようになって急落したため、2009年3月は2・9パーセントまで低下している。
原油価格の高騰のようなコスト・プッシュによるインフレ率の上昇を短期的に抑制しようとすると、生産と雇用に悪影響が及ぶため、インフレ目標政策では直ちに利上げ政策は採用されない。
むしろ、イングランド銀行はリーマン・ショック後の不況に対処するため利下げし、09年3月には足元のインフレ率は2・9。
パーセントで目標を超えていたが、今後のインフレ率は目標インフレ率を下回るリスクが大きいと考え、量的緩和に踏み切った。
以上のように、実際のインフレ率は原油価格の高騰の影響を受けて、短期的に目標インフレ率から大きく離れることはあったが、2004年1月から2009年3月までの平均をとると、2・4.パーセントで、ほぼ目標の2・パーセント近辺に維持された。
このように、中長期的に見て、イギリスのインフレ目標政策が成功した理由の一つは、あるモノやサービス(これをXと呼ぶ)の価格が上昇(低下)すると、他のモノやサービス(これをYと呼ぶ)の価格が低下(上昇)して、Xの価格の上昇(低下)を相殺する力が働くからである。
この影響を長期的な尺度で比較してみよう。
これは次のようにして起きる現象である。
すなわち、逆に、中長期的にエネルギー価格が上昇する場合には、エネルギー以外のモノの消費のために残される所得は減少する。
そのため、エネルギー以外のモノの消費が減って、それらの価格は低下する。
その結果、エネルギー価格が上がる場合も、全体の消費者物価で見たインフレ率は2パーセント程度で安定する。
企業も物価が安定しているときには、エネルギー価格のような投入物の価格上昇に対して、自分が供給するモノの価格を引き上げるよりも、費用を削減して対応する方が有利になる。
また、労働者も予想されるインフレ率が2パーセント程度で安定していれば、エネルギー価格が上がっても大幅な賃金の引き上げを要求しなくなる。
こうした企業と労働者策を採用すると、人々のインフレ予想が安定するため、人々の名目所得(貨幣で受け取る所得のことで、物価で調整した実質所得と対比される)も安定的に増加するようになる。
この安定して増加する名目所得のもとで、エネルギー価格が下がると、他のモノやサービス(以下、単にモノという)の消費のために残される所得は増加する。
そのため、エネルギー以外のモノの消費が増えて、その結果、それらの価格は上昇する。
このように、一方でエネルギー価格が低下し、他方でエネルギー以外のモノの価格が上昇するため、全体の消費者物価で見たインフレ率は2パーセント程度で安定するのである。
それに対して、1970年代のイギリスは、エネルギー価格や輸入物価が上がると、労働者も企業も大幅なインフレを予想して、賃金とモノの価格を大幅に引き上げようとしたため、インフレがインフレを引き起こすという悪循環に陥っていた。
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